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背景  

オホーツク海はその大部分がロシア海域であることや、冬季海氷に覆われることから、データは非常に少なくその循環はほとんど知られていなかった。しかし、1997年から2002年にかけて行われた戦略的基礎研究「オホーツク海氷の実態と気候システムにおける役割の解明」(研究代表者:若土正曉 北海道大学低温科学研究所 教授;以下、CREST)による日米露の国際共同集中観測により、海流や水温・塩分場の変動など、その実態が一挙に明らかとなりつつある(例えば、Ohshima et al.,2002; Mizuta et al., 2003

その重要な成果の一つは、北太平洋域で作られる一番重い水はオホーツク海北西陸棚域で生成される、ということが見出されたことである(Shcherbina et al., 2004)。北西陸棚域では、北半球の寒極であるユーラシア大陸北東部からの寒気の吹き出しによって、海氷が盛んに生成されている。海氷生成に伴って低温・高塩分水(ブライン)が多量に排出され、それが陸棚底層にたまることにより、重い高密度陸棚水(Dense Shelf Water; DSW)が形成されるのである。このDSWが陸棚域からオホーツク海中層(200mから400m深)に沈み込み(Fukamachi et al., 2004)、さらに千島列島沿いの海峡から流出することによって、北太平洋中層循環の源となっている(Itoh et al., 2003)

 オホーツク海から流出した水塊は、北海道・東北沖で黒潮水と混合しつつ、一部は亜熱帯循環に侵入して北太平洋中層水を形成し(Mitsudera et al., 2004)、あるいは亜寒帯循環に戻りその150mから400mを占める水温極大層(中暖水)を作りながら(Endoh  et al., 2004)、北太平洋全体へと広がる。そのような中層循環を駆動するメカニズムとして、重いDSWの沈み込みに加え、千島列島沿いの潮汐混合による密度変化(浮力)や(Nakamura and Awaji, 2004;   Nakamura et al., 2006)、亜寒帯域の風による中暖水のエクマン湧昇(Endoh et al., 2004)が重要であることも、数値シミュレーションなどからわかってきた。すなわち、DSWを起源とする中層循環は、浮力による熱塩循環と亜熱帯・亜寒帯にわたる風成循環が結合した3次元構造を持つのではないかと考えられる(図1)。

このような中層循環の水温がここ50年間で大きく昇温している(Nakanowatari et al., 2007)。この昇温はオホーツク海で最も強く現れ北太平洋へと広がっており、DSWを起源とする中層水の3次元循環と強く結びついた現象であることを示唆している。ユーラシア大陸北東部ではシベリア高気圧の弱化からこの30年間で5℃もの急激な温暖化を示しており(Serreze et al., 2000)、それが海氷生産量減少、さらにDSW生成量の減少を引き起こしている可能性がある。事実、オホーツク海の海氷生産量は年々減少傾向にあり(Ohshima et al., 2003)、この仮説を支持している。しかし、我々の、オホーツク海・北太平洋の大気−海洋−海氷システムに対する知見は、現在のところ断片的なものである。海氷生産量の変動によってDSWの塩分や生産量はどのように変わるのか。DSWの変動は中層の3次元循環にどのような熱的・力学的インパクトを与えるのか。ユーラシア大陸北東部の温暖化に伴ういかなる気象・気候条件の変化が、海氷の変動や海洋中層の温暖化と結びついているのか。データに基づくさらなる実証と、数値モデルを用いたメカニズムの解明を総合的に進める必要がある。以上を背景に、本研究では、オホーツク海・北太平洋における中層温暖化の実態を明らかにするとともに、その基礎となるDSW生成過程、および、海洋3次元循環の力学・熱力学過程とその変動メカニズムの解明を目的とする。

研究の方針および意義

(1)データ解析による中層温暖化の実態解明

オホーツク海・北太平洋の水温・塩分データセットを整備し、中層温暖化の構造や時間発展を明らかにする。また、最近の高分解能衛星観測データや気象再解析出力を用いて高解像度海氷生産量データを作成し、地球温暖化に伴う大気変動、海氷変動、中層温暖化の相互作用を解析する。

(2)DSW生成における素過程の解明

 ユーラシア北東部の温暖化と海洋中層の温暖化を結ぶDSW生成の素過程を調べる。海氷生産量から算出した塩分フラックスを用いて陸棚域の高解像度モデルを駆動し、CRESTで得られた係留データと比較することにより、DSWの塩分と生成量の時間発展および年々変動を定量的に解明する。

(3)オホーツク海・北太平洋の中層3次元循環構造の解明

DSW生成域の素過程モデル、高解像度オホーツク海モデル、オホーツク海を含む北太平洋モデルを階層的に用いることによって、DSWの沈み込みを源とし、熱塩循環と風成循環が結合した中層3次元循環構造の力学・熱力学過程を明らかにする。

(4)数値実験による中層温暖化の再現とメカニズムの解明

 過去50年間の気象再解析出力を用いて(3)で作成したモデルを駆動し、歴史実験を行うことによって、中層の温暖化の時間発展とそのメカニズムを明らかにする。地球規模の温暖化(大気)に伴うさまざまな気象要因(気温の上昇、降雨の増加、風系の変化など)に対する中層循環のインパクト実験を行い、中層循環の地球温暖化に対する敏感度を明らかにする。

 本研究は、シベリア高気圧の弱化が海洋中層の温暖化にいたる物理過程を、図1のような北太平洋3次元循環の観点から研究することが特色である。3次元循環構造に対して潮汐混合や風成循環の役割など個々のプロセスは明らかとなりつつあるが、DSW生成も含めた一連のシステムとして取り扱った研究はない。海洋3次元循環の観点からデータ解析と数値実験を総合的に行うことによって、温暖化に敏感と考えられているオホーツク海・北太平洋の大気−海洋−海氷結合過程をはじめて解明できるものと考える

DSWがオホーツク海北西陸棚域で生成されるときに、CO2などの大気起源物質や、鉄分など海底起源物質が大量に取りまれる。図1のような3次元循環は、これらの物質を北太平洋の広域へ効率的に輸送するメカニズムを与える。たとえば、鉄分は植物プランクトンが増殖するためには必須の物質であるが、中層を通ることで消費されずに遠方へ運ばれ、亜寒帯循環で海洋表面に回帰することによって広範囲にわたり生物生産を支えている可能性がある(Nishioka et al., 2003)。ところが、温暖化はDSW生成を減少させ、この輸送メカニズムを弱体化させるものと思われ、生物生産を通して炭素循環や水産資源に大きなインパクトを与える可能性がある。日本近海で生じている明瞭な温暖化シグナルであり、環境問題の基礎として科学的・定量的検証を喫緊に行う必要がある。

オホーツク海・北太平洋中層の温暖化の温暖化とそのメカニズムの解明